「焚火」(ロンドン)

「自分が死ぬかも知れない」という想像力の必要性

「焚火」(ロンドン/滝川元男訳)
(「百年文庫020 掟」)ポプラ社

「百年文庫020 掟」ポプラ社

北極圏の白夜の中、
男は仲間の待つ
キャンプ地へと向かう。
「零下五十度以下では
決して一人で
旅してはならない」という
老人からの忠告にもかかわらず、
男は一人で歩いていた。
男には考える力が欠落していた。
気温は零下七十五度…。

零下五十度以下で、
なぜ一人で旅してはいけないか?
時として自然は、
本来持っている脅威を剥き出しにして
迫ってきます。
その結果、身に危険が及んだとき、
一人では対処できないからです。
本作品は、
そうした自然の容赦ない凶暴さと、
それに対する創造力の欠如した人間の
身に起きた悲劇を描いているのです。
男は命を落とします。

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男が命を落とす事故は何だったか?
雪の下に隠れていた水たまりに
脚をはめ入れてしまった、
ただそれだけなのです。
零下七十五度では、水に濡れた脚は
瞬く間に凍りついてしまいます。
素早く焚火を起こし、
その熱で靴と脚を乾かす
必要があるのです。
男はきわめて冷静に、
危機に対処します。
「俺はこうしてここにいるぜ。
 ああした年より連中のなかには、
 随分めめしい奴もいるからな」

老人の忠告に対して、
男はこう回想するのです。

しかし、せっかく起こした焚火を、
樹上から落下した雪塊が、
無情にも掻き消してしまいます。
再び火を起こそうと試みたものの、
彼の指は
すでに無感覚となっていました。
「老人が言ってたとおりなんだ。
 道づれさえあったら、
 いま、危い目をみずにすむ。
 そいつが火を
 もやしてくれるだろうからな」

とうとう男は火を起こすことを諦め、
絶望の末に走り出すのです。
しかし、その体力などあるはずもなく、
彼は死へと向かうのです。
「あんたの言ったとおりだった、
 爺さん。その通りだった」

極寒の地で生活せざるを得ない以上、
男は自然と折り合いながら
生きていくしかないのです。
だとすれば、
男に死をもたらしたものは
男の「想像力の欠如」以外の
何ものでもないのでしょう。

これはなにも極地域での
特殊な物語ではないと思います。
私たちはどこに住んでいようとも
自然の脅威にさらされる瞬間を
避けられないのです。
地震、火山の噴火、
台風、ゲリラ豪雨等、
日本に住んでいても
自然はその凶暴な力を容赦なく
私たちに振るってくるのです。
いや、日本列島に住んでいるから
なおさらです。

「まさか自分が死ぬとは考えない」。
災害発生時の人間の心理だそうです。
「自分が死ぬかも知れない」という
想像力を持たなければ、
この「男」のような末路を
いつ辿るとも知れません。
ロンドンが描いたこの物語は、
まさに災害列島日本に住む
私たちを描いた
寓話のようにも思えます。

(2019.10.2)

Yuri_BによるPixabayからの画像

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